アートやものづくりのパワーを借りながら、この世界を素敵な仲間たちと生きていきたい。そんなことを考えながら、只今そんな場所づくりの準備中。その報告と記録です。


by マユジ

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美味しいご飯って…

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実家へ仕事に行った鏡開きの日に、父が作ってくれたお雑煮。

美味しかった!


私の母はインド料理の講師をしています。

昔から人に料理を誉められていた母。

今思うと、実家に暮らしていた頃、母のご飯は本当にどれも美味しかった。

父もたまに作ってくれて、親子丼や大晦日のすき焼きや、キャンプでのジャンバラヤなど、美味しかったしイベント感があって好きでした。


我が家ではここ数年、朝昼のご飯を私が作り、夜ご飯を夫ティミーが作ってくれています。

ティミーのご飯もとても美味しいです。

特に和風の煮物とか、野菜のスープを作るのがとても上手です。


一方、私は朝昼担当なので、かなり適当です(笑)

それでも、息子のボーイは等しく、夫ティミーにも私にも度々こう言ってくれます。

「おとうさん(おかあさん)の作ってくれたごはん、おいしいね」

「作ってくれてありがとう」


私はボーイほど、ちゃんと母と父にご飯が美味しかったことと、お礼を言えていたかしら。

そんな事を思ったので、思い立ったが吉日という事で、この場を借りて。


お母さんとお父さんの作ったご飯、美味しかったです。
作ってくれてありがとう!


…また作って下さい(笑)


世の中では食の安全や食生活についてかなり敏感になっている昨今ですが、ある方のfacebookの記事に、

「近年、砂糖が悪者扱いされているが、子供の頃に母親が作ってくれた甘〜いお汁粉を食べて体調を悪くした事はなかった」と言う話がありました。

その方は、自然な方法で野菜を作る、言わば食のエキスパートです。

でもその記事の話からは、食べ物の物質的要素うんぬんはさて置き、「作る側がどれだけ愛情を込めていて、食べる側がどれだけ愛情を受け取れているか」によるんだ的なことを感じました。(注・個人の解釈です)

私の周りには今、たくさんの食のエキスパートがいます。

管理栄養士さんや自然栽培農家さん、雑穀料理の先生や、酵素や薬膳、油に詳しい方や、体に優しいお菓子やパンやご飯を作る方々…
などなど、本当にたくさんのつながりが出来ています。

私も出産前までオーガニック食品店で働いておりましたが、現在うちの食事は割と守備範囲が広めです(笑)

こだわりの食の達人たちのお知恵も拝借しつつ、これからも私たちらしい、楽しくて愛に包まれたご飯やおやつを作ったり食べたりしたいなぁと思います。

父のお雑煮からずいぶん話が深みにハマってしまった…(笑)


つまり、食に愛情は付き物だなぁ、という話です。
それもそのはず、当たり前だけど、食べ物は命で出来てて食べたら命になるんですものね。


ところでレイキ(エネルギー療法)をかけると、食べ物も浄化されるらしい。
それをやろうかな。

いや、その前にちゃんと料理をしよう(笑)イワオカフェ、マユジでした。

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by woodrock | 2016-01-12 03:26 | 暮らし | Comments(0)

最近の我が道ボーイ

お気に入りのハンモックカフェにて。
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さてボーイ3歳1ヶ月。
大変難しい年頃です(笑)

魔の2歳児とは良く言いますが、2歳代よりも難しい気がしております。

2歳は手当たり次第、『やだ!』とか言ってみてた感じで、気を逸らせるのは割と容易かったですが、今はそんな手は通用しません。

頑なに固まります。
つまり頑固になりました。

特に最近のボーイは道にこだわります。
自分の選んだ道を通らないと怒って泣き叫びます。

もう我が道を行きたいのか、と(笑)

私も夫ティミーも、付き合えるときは付き合います。

付き合えないときは、気持ちには寄り添いつつも、気が済むまで泣いていただきます(笑)


先日は、ティミーの友人が家に来た際に一波乱。
友人が帰る段になり、ティミーが車で見送りに出た後になって『行きたかった!!』が始まりました。

こういう駄々こねが入るのは大抵ちょっと眠いとき。
しかしボーイ最近昼寝はしない質。

だから『眠いんでしょう、寝たら』と寝かせようとしても、もちろん埒はあきません。

ちょっと他の事で気を引いてもダメ。

仕方なしにご要望に応えて徒歩で追いかけることにします。

しかし上着は着ない、お母さんも着るな、ときた。

こうなりゃもう上着なしで出掛けます。

しばらくすると、やっぱり寒いらしく、『うわぎ着てもいいよ』と言います。

『は?着ないって言ったんだからこのまま行くよ!』という気分に持って行かれそうになりますが、ここでそれをやったらアウトな気がしまして。
また家に戻って上着を着て再出発。

するとすぐティミーが車で帰ってきました。
家まで数メートルでしたが乗車します。

今度は、『車で一緒に駅に送りに行きながら寝たかった!』と騒ぎ始めます。

そこまで観察してみて、やっと掛けることの出来た言葉。

私『○○ちゃんは、本当は何がしたかったの?』

すると

ボーイ『…眠くてわかんない…』


つまり眠かったらしいです(笑)

私『…眠かったんだね(笑)』


ボーイはそれをわかってもらえてスッキリしたのか、その後は落ち着いて帰宅となりました。

やっぱり眠かったんじゃん!と言いたいところですが、これは本人が自覚しないと、いくら私が『眠いんでしょ』と言ったってダメなんだなあと思いました。

そしてその後気付いたこと。

『子どもに対する対応は、自分に対する対応そのもの』

だと言うこと。

「子ども」が『これやりたい!』と言ったとき、いや無理だろ…と聞かなかったことにして、何とか誤魔化そうとする。

子どもが『やだ!』と言ったとき、でもこれはやる“べき”事だしなあ…とやらせようとする。


この「子ども」を「自分」に置き換えてみると、あら不思議。
同じ対応をしていないでしょうか。

はい、私はしております(笑)

本音を見ないようにして、やりたいことを無理と決めつけ誤魔化そうとする。

やりたくないことを常識や世間のせいにして我慢してやる。

もうそろそろ、それやめます(笑)

本当に子は親の鏡です。
ありがたいことです。

ボーイの我が儘…否、我が道に付き合いつつ、自分の我が道も突き進みたいと思います。

結果、みんなハッピーになる…はず(笑)

さあ、そんな実験の始まりです。

誰もが、自分の中の仮説(前提とも言うかも)があり、それを実証していくのが人生である。

そう思っています。
もちろん仮説はいくらでも途中で変えられる。

仮説が面白ければ面白い人生になるに違いありません。
これもまた実験あるのみ(笑)


小さい子どもは大人よりこの世の中をまだ良く知らないけれど、一方で多くの大人より自分を動かすパワーの次元が高いように感じます。

…まあ、そうは言っても我が道ボーイとの付き合いは毎日のことなので、時には胃痛がする(笑)イワオカフェ、マユジでした。

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by woodrock | 2015-12-25 23:54 | 子育て | Comments(0)

シュタイナーとそれぞれの真実

月に一度、シュタイナーに関する学習会に参加しています。

(よろしければこちらの記事も→シュタイナーと、ときめき

今回は久しぶりの参加となりました。


ゆっくりと皆で読み合わせていた本が、もうすぐ終わります。
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“シュタイナー『自由の哲学』入門(今井重孝 著)”


この本は、とてもわかりやすい内容でした。

シュタイナーの哲学は難しい、と言う方にオススメです。
本も薄いし(笑)

シュタイナーの哲学を学びながら、時々「そうそう、そうですよね!!」と思うことがあったりしました。


哲学というのは、“人それぞれの世界の捉え方”だと思っています。

どんなに有名な哲学者の考え方でも、それに賛同する人しない人が出てくるからです。


私が常々感じるのは、“人は自分の答えをすでに知っている”と言うこと。
“知っている”と言うより、“持っている、けど気付いていない”、または“気付かないふりをしている”とも言うかも知れません。


何かに悩んだり、人生を過ごしている中で、人は必ず“答え”や“正解”を探します。
(答えと正解って一緒かしら。いや、ちょっと違うよね…)

で、人に話を聞いたり、本を読んだり、ネットで調べたりします。

それで、一番良く出て来るであろう感想は「やっぱりそうだよね」だと思います。

それか「そうかなぁ…」とか「そうは言ってもね〜」とか。

いずれにしてもこれは、その答えを目(耳)にするとき、その答えと照らし合わせる事の出来る、自分の中の答えを持っているからこそ、の感想です。

あとは、他の人がどう言ってるか知りたいだけ、みたいな(笑)

当たり前かも知れませんが、実はアートセラピーでも同じです。

言われて気付いた、と言う言い方になったりもしますが、つまりは「そうか、やっぱりそうだよね」と自分の中の答え合わせになります。

「気付き」は、“すでにあるもの”に「気付く」ことなんだなぁとつくづく思います。

だから、人はみんな「やっぱり思った通りだ」と思ったこと以外のものを、時に排除したくなるのかもしれません。
せっかく見つけた自分の答えだから。

その答えが、自分自身にガチガチの蓋をしてる状態での“答え(ということにしているもの)”の可能性もあるかもしれないですが。
(「そうじゃなきゃいけないのか」と思い込んでしまうパターンもあるかも。)

でも、たぶん、自分が「こうだ」と思った事と、人が「いや、こうだ」と思っていることは、それぞれの答え、真実なんだろうと思います。

だってみんな同じ考え方だったら、世界がある意味ないじゃん(笑)

…と思うので。

その考え方や感覚の違いは、それぞれの人生における持って生まれた課題やステージの違いによるものなのかもしれない…と思ったりします。

時代や年代も関係あるかもしれないですが、超越してる人はいっぱいいますし。

考え方や感覚は、きっと人生のその時期その時期でも変わるし、変えてもいいし、あえて変えなくてもいい…

結局、何でもいいんでしょうね(笑)



知り合いの方で「神様はみんな同じだよ、言ってることは同じ」と、歌うような調子で話してくれた、素敵な方がいます。

私もそう思います。

神様と呼ばれる人は、神レベルで(笑)同じような考え方をしていたのかな、と思うことがたまにあります。

もちろんこれも、きっと人それぞれの捉え方があると思いますが。


やっぱり、思考って面白い(笑)

私は今、思考を少し静かにして、感覚を見つめ直したいなぁと思っています。

シュタイナー的な考えにによると、夏は「私が考える」のではなく「世界が考える」時期だそうです。

自我は薄れ、“感覚で世界を感じること”が今唯一できることとか。


だから暑さでボーっとしてても良いんだ〜!

…違う?(笑)


ちなみに夫ティミーとは人生や世界の捉え方がほぼ同じなので、非常に楽です(笑)
イワオカフェ、マユジでした。

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by woodrock | 2015-07-24 12:40 | 暮らし | Comments(0)

いとこ はとこ と きょうだい と

先日、ボーイの‘はとこ’にあたるチビッコたちと、そのママにあたる私の従姉妹たちとホテルでお泊まり会をしました。

従姉妹は3姉妹。
長女が私より2つ上、
次女が私より2つ下、
三女が私より7つ下です。

長女にはボーイと同い年の女の子、次女には6歳の男の子と9ヶ月の女の子がいます。
三女はまだピチピチですが、もはや子守のプロフェッショナル。

3姉妹たちとは小さい頃から祖父母のいた福岡やキャンプに出かけては良く遊び、大人になってからもたまに連絡を取り合ったりしています。

でも住むところが埼玉、東京、神奈川、千葉とみんなてんでバラバラで、子連れでお泊まり会は初めて。
(そしてテレ玉くんを誰も知らない)←埼玉県民でも微妙?

そんな初のいとこ・はとこ会の夜、真夜中に1人で起きていた私はふと、あちらの世界にいるであろう共通の祖父母と、若くしてそちらへ行った叔母にこう言いたくなりました。

『おじいちゃん、おばあちゃん、Iさん。見てますか。
私たちは今もこんなに仲が良くて、こんなにかわいい子どもたちもいます。
血のつながりが嬉しく、そして楽しいです。
ありがとうございます。』


昔よく、こんな風におじいちゃんおばあちゃんちで雑魚寝していた私たちは当時まだ子どもで、そこには親や祖父母たちがいたけど、今や自分たちが親とは。

ゆっくり、でも確実に世代は交代していくんだなと思いました。

祖父母がこの世から去り始め、親が少しずつ年を取り、私たちがいて、その次の世代が生まれ始める。

当たり前のことかもしれません。

でも人類の歴史とか、命の大きな流れに私たちも生きていることを意識すると、自分の人生や時間が壮大で、もっと大きなもので、小さなことに囚われ過ぎなくても大丈夫なような気がしてきます。

そして一方で、日々の小さな事が、人生の面白みになる。
それを楽しむための時間を毎日毎日与えられてるんだなあと思います。



さて、私自身は一人っ子です。

よく一人っ子は寂しいのではと言われました。

う〜ん、よくわかりません(笑)比べようがないからです。

でも想像できる、その寂しさとは何か。

家の中に遊ぶ仲間がいないとか?
ケンカをする相手がいないとか?
家族の問題や日常を分かち合えないとか?


兄弟姉妹に憧れはありました。
その理由を改めて考えてみました。


それは、

『素の自分でいても許される存在がいる』

ということ。


親や友達には気を遣ってしまうことでも、兄弟姉妹なら気にしなくて良さそう。
その安心感がうらやましいな〜と思っていました。

実際は、気を遣い合ったり、しがらみのある兄弟姉妹もいるのかもしれません。

きっと兄弟姉妹がいることも、一人っ子なことも家庭によって様々な喜びと寂しさがあるのでしょう。

そもそも、私の憧れていた安心感。
それは相手に対してありのままで居られれば得られるものではないかと思うのです。

兄弟姉妹でも、夫婦でも、親子でも、友達でも。
お互いがありのままで居られれば‘人類みな兄弟’なんじゃないか?と。
それには、お互いにかなり開いた状態であることが必要ですが。

でもそんな関係が増えたら楽しそうです。
遠慮なくおごってもらったり出来そうだし(笑)


ほとんど気を遣わず過ごせる従姉妹たちとの時間は、そんなことにも気付かせてくれました。


まずは、自分が自分に気を遣わない生き方から。
これが難しいんだ(笑)

その具体策については、またの機会に。
イワオカフェ、マユジでした。

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この日6歳になった、はとこのお兄ちゃんにすっかり懐いているボーイ。
また遊ぼうね。

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by woodrock | 2015-06-25 23:40 | 暮らし | Comments(0)

想い出された自由の感覚

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最近、約20年ぶりに掘り起こしたシルバニアファミリーにハマってます。
(父さんクマのズボンは見つからない)



ここから本題。

たまにある、トイレの自動照明。
室内や個室に入ると、センサーが感知して自動的にライトがつくやつです。
久しぶりにそれに遭遇して、思い出したことがあります。

それは…

青春です。
(えっ?)


高校2年だか3年だかの頃、学校のトイレが改装され、照明や洗面台がセンサー式になりました。(トイレだけがやたら最先端)

それに伴い、私が友だちを誘ってやっていたこと。


“いかにセンサーに引っかからずに(照明をつけずに)トイレに入れるか試す”


わざわざ携帯で『ミッションインポッシブル』のテーマ曲(着メロ)を流しながら、壁を伝うように忍び込むわけです。
気分はトム・クルーズ。

…何やってんのよ(笑)


しかし、それを思い出し、そのゲラゲラした自由な感覚が呼び覚まされ…
何というか、これからもそういう感じで生きていきたいと思ったのです。
いつからだろう、自分が楽しい〜!!と思うことを人目を気にしてやらなくなったのは。


その頃はそこそこ優等生(風)でしたが、自分が良しと思えば、仲の良かった親友と平気で廊下の窓から中庭に出て、ハトの亡骸を見つけて埋めたり、上履きのまま隣の公園の林に行ってイチョウの落ち葉を蹴散らしたり、マツボックリを拾ったりしてました。


…何やってんのよ(笑)


遠足や修学旅行も班行動まる無視で、親友と2人で遊び回ったりしてました。

それで別に周りに何も言われなかったし、言われていたとしても意に介していなかった。
むしろ面白がられてたりもしました。


もちろん、その頃も色々あり、心に癖を付けていって今に至る…とは思います。

でもその頃の“青春的感覚”が、今の私に再び必要ではないかと感じているのです。


今、“自分を見張る自分”と決別の時を迎えています。

卒業、と言った方がしっくり来るかもしれません。


子どもの頃、大人たちの目に見守られ、時に見張られて、育っていったであろう私の中の『目』。
見張る、と見守るは紙一重。
その目に守られていた部分も、もちろん多かったと思います。

でも人目が気になって自分らしくいられないのでは人生つまりません。


“人目”という名の、“自分の目”。

今まで本当にありがとう。お疲れ様でした。
私に必要なのは“監視”ではなく“関心”です。
これからも私の中にいてくれていいのですが、遠くの方で信じて“ただ”見ていて下さい。


よし。
30代にして第二の青春始めよう(笑)



ちなみに第一青春時代のトイレの照明センサー回避ミッションは、通常よりワンテンポ遅れて点灯するという結果に。

ミッションインポッシブル!
(ワンテンポ分はミッションクリアとしておこう)


真面目にバカやります。
イワオカフェ、マユジでした。
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by woodrock | 2015-05-30 07:34 | 暮らし | Comments(0)

子どもにかける“愛される”魔法の話

最近、ボーイはあまり人見知りをしなくなり、初対面の人にも話しかけたりするようになりました。
友だちづくりも上手になってきたようです。

今週旅行で行った富山でも、その様子が見られました。


路面電車ポートラム内にて。
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ボーイ、金沢から来たという7歳の男の子と意気投合(?)
出発地から終点まで、抱っこしてもらったりおんぶしてもらったり、随分かわいがってもらっていました。

おみやげ屋では、買い物中のおばあさんに突然話しかけられ「幸せいただきました」と拝まれたり(笑)
旅館では5歳になる“未来の”若女将に気に入られたりしていました。
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どこへいっても、大人から子どもまで、みんなでボーイをかわいがってくれました。
とても嬉しいことです。




これはボーイに限らず、小さな子どもを見ていると、愛される理由がわかる気がします。

まず本人が「何を言おうがしようが、愛されて当然」というスタンスでいること(笑)

だから、
臆面なく相手に話しかけたり、
笑顔を返したり、
逆に「なんだこいつは」と言いたげに、じっと顔を見返したり、
申し出をスルーしたり、さらりと断ったり注文をつけたりできる。
(親がひやひやする程に)

そして、無条件の愛を当たり前に受け取る。
相手は、勝手に何かを受け取ってくれている。


この「何しても愛されている」という愛され方。
みんな生まれてしばらく、赤ちゃん時代には存分に発揮できるものだと思います。

でも成長するにつれて、この「当たり前」が段々揺らいでいったりします。
特に、親や周囲の大人との関係性の中で。

良い子にしてないと愛されない、愛されるには条件がいる
、と思うようになったりします。


なので、私も夫ティミーも、なるべくボーイ本来の“愛されて当たり前”が続いていくように、ボーイのイタズラを叱ったりしたあとにも、

「我々はこれをされて悲しくなり、ちょっと怒ったりしたが、それとは関係なくいつでも君が大好きだ。君は存在自体が素晴らしいんだよ。」

というような事を伝えるようにしています。
(実際はこんなトップハムハット卿口調ではないですが)


本人が当たり前だと思っていることは、当たり前にやってくる。
身の回りの世界は自分が作り上げているに違いない…そう思っています。

身の安全とか、病気にだって通じることだと思います。


だから、これは親が子どもに出来ることのひとつ。

「その気にさせる」(笑)

英才教育のキャッチフレーズみたいですが、在り方の話です。

私たち親が、成長過程で癖がついてしまった「在り方」を見直し、実践し、実感し、子どもに伝える。
(伝える側がやっていないと、伝わらないと思うので)

親が子どもにかけてあげられる、白魔法みたいなもの。
きっとたくさんあるんだろうなと思います。

せっかくだから、ボーイが人生を楽しめるような魔法、試しにかけてみたいと思っています。

「君は天才だ」とか(笑)

期待とかではなく。


それでも、本人が期待されているとプレッシャーとして受け取る可能性だってあります。
だから日々、こういった魔法は調整が必要かもしれません。

実際どれだけ効力があるかもわかりません。
コントロールしたいわけでも、もちろんありません。

ただ、親は子を、子は親を「信じること」は出来る、それだけの話です。


ボーイが行く先々でかわいがってもらえるのも、こんなちょっとした魔法の効果…だといいなぁ。

富山の人たちがみんな良い人だっただけかもしれませんけど(笑)

もちろん、自分にも魔法かけないとね。
イワオカフェ、マユジでした。

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by woodrock | 2015-04-17 01:52 | 子育て | Comments(0)

流れは大切

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最近のボーイのブームは、川沿いの歩道を疾走すること。
だいぶ体力ついてます。




ずいぶん前ですが、TV番組で聞いたフレーズ。


『循環(流れ)から必然的に心臓ができる

 自然も水の流れから魚が生まれる』


何の番組だったか、全く覚えておりません…

携帯にこのフレーズだけメモしていて、見つけたときは暗号かと思いました。
ダヴィンチコードかと思った。(飛躍する暗号へのイメージ)


番組内容が、忘却の彼方へ去ってしまったので、これに科学的根拠があるのか、または哲学的なことなのかはわかりません。

ただ、「なるほど、そうか」と思ったことだけは確かです。


何にでも流れがあります。

気の流れ 血の流れ 水の流れ 時の流れ…など

動物の体には気も、血も、水も流れているし、植物へ土の栄養を運ぶのは水の流れだし、もちろん気も流れているでしょう。


東洋医学では、病気は気や水、血の流れが悪くなることで起こると言います。


さて私事ですが、本日、今年の花粉症が発症しました。
昨日までは全く平気で油断してましたが、やはりやって来ました。
喉が腫れ、鼻水が垂れます。

最近、特に色んな流れが滞っていたな、と痛い目にあってから気付いております。

地球からのいただきもの、もしくは借り物である『体』は、基本的にとても正直者です。
一方で、ギリギリまで耐えてくれようとする頑張り屋さん。

体は、日頃から小さな反応を出して、健康を保とうしてくれています。
それを感じ取れるようになることは、人生をより豊かにすることだと常々思っています。(痛い目にあってから気づくことの方が多いけれどもね)

アートセラピーでの表現と同じく、体が示してくれる変化も、きっと自分からのメッセージ。

無意識にため込んでいたものを、機会を見て出しているのかもしれません。

よし、この流れ落ちる鼻の水、しかと受け止めよう!

…格好をつけてみたところで、内容は三枚目。
体に関してはまーだまだ未熟者です。
イワオカフェ、マユジでした。
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by woodrock | 2015-03-12 23:31 | 暮らし | Comments(0)

節分熱とインナーマザー

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ほぼ毎朝、納豆ごはんを食べる私とボーイ。
(ティミーはパン食)

ボーイ、何を思ったか納豆の方にごはんをつめ、出来上がったのが上の図↑。
山盛りです。

納豆までが長い道のりに…。



さて、節分熱ですが、見事に翌日下がりました。

どうだい!(何が)


そんな節分熱の夜、インナーマザー的なものに物申す夢を見ました。


まず、インナーマザーとは何かと言うと…


なかなか込み入った話になるので、出来るだけさらっと書きたい…
(アートセラピーやってるとは思えぬ言いよう)


最近耳にする「毒親」と言う物々しい言葉がありますが、そういった親でなくとも、どんな親からでも、罪悪感や抑圧を感じるようなネガティブな印象を、子どもは受け取ることがあります。
(もちろん個人差、程度の差はあります。)

特に母親は、子どもにとって絶対的存在です。

インナーマザーは、子どもの頃にその実際の母親から受けた何かしらの影響を、自分の中でさらにネガティブさを増大させて作り上げた、自分を支配する「内なる母」です。
(と私は解釈しています。)


詳しくは、本なども色々ありますのでご参照下さい。

お薦めはこちら↓

斎藤 学
『インナーマザー あなたを責めつづけるこころの中の「お母さん」』
新講社



さて、夢の話です。

夢はアートセラピーと同じく深層心理を良く表しているので、面白いものです。

人の夢の話ほど、どうでもいい話はありませんが(笑)


私の夢の舞台は、古い民家。そこを親戚一同で掃除するという設定。

私はなぜか寝起きで空腹、これから朝ご飯を食べようかというところ。

そこに、母親らしき人(インナーマザーだと思われる)がやってきて言います。
「あと2分後には掃除にくるように」

2分って!(笑)

そこでまず言い返します。

「いつ行くかは、私が自分で決めます。」


そして、しばらくして現場へ行くと、私が遅れて登場したことで、その人は地団駄を踏まんばかりにカンカンに怒っています。

私には、彼女がやりたくないことを無理にやって苦しんでいる様に見えました。

なので、

「やりたくないことを、やらならきゃいけないと思い込んで、そんなにもイライラするほどになるのなら、それは本当の人生じゃない」

と、きっぱり言いました。

すると、相手も受け入れた様子を見せ、この夢は終わります。


言い放った時は実にスカッとしましたが、思い返すと何とも抽象的(笑)

でも何というか、今、私が自分に一番言いたいことだったんだろうなあ。


やりたいこと。
やりたくないこと。
やりたいことのためなら出来る、やりたくないこと。

見極めは難しいです。

見極めるために一番いいのは、
やっぱり頭で考えるより、体と心で感じることだなぁ、と最近改めて思います。

つまるところ、健康第一(笑)

体のコンディションを整えると、心もクリアになる(逆も然り)。
すると、自分に必要なものが見えてくる。

…いつも到着地は同じだけれど、今回は夢経由でした。

こうしてぐるぐる旅をしながらも、少しずつ研ぎ澄まされていきたいものです。

珍しく、アートセラピーインストラクターらしい話になった…ような、ならなかったような(笑)


それにしても節分、やはり何か底知れぬパワーがあるに違いない…(笑)
イワオカフェ、マユジでした。
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by woodrock | 2015-02-08 01:15 | 暮らし | Comments(0)

ハンモックの思い出

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飯能の宮沢湖畔に出来た、ハンモックカフェ
『Tooticky(トゥーティッキー)』

知人から教えてもらい、先日、行って来ました。

その名の通り、小さなあずまやに吊された、イス型のハンモックに座って景色を眺めながら、コーヒーなどをいただける気持ちの良いカフェでした。

ハンモックに揺られて、とてもくつろいだ気分になりました。

ボーイは、まだハンモックに一人で乗るのは怖いようで、得意の「ぼくは遠慮します」笑いをしながら、そそくさと降りてしまいました(笑)



私が子どもの頃、父と母、従姉妹家族たちや友人家族と良くキャンプに行きました。

石ころだらけの河原を走り回ったり、冷たい川に入ったり、テントで飛んだり跳ねたりはしゃいだり、ハンモックをぐるんぐるん回して遊んだり…

今やったら確実に大ケガです(笑)

でも、あの頃は大したケガもせず、ブヨとか毛虫がいたり、危ない場所もあったりのキャンプ地がパラダイスだったなぁと思い出されます。

山や川、木に囲まれて遊び、たき火にあたりながら食べるご飯は最高に美味しい。


そんな体験をしたから、今がある気がします。

私も都会的なものに憧れた時期や、都心で過ごした時期があります。

しかし、結局あの頃のパラダイスを求めて今、緑の多い場所に身を置いているのかもしれません。

そんな自分の心の声に従って、もっと野の世界と遊んで暮らし、野性を取り戻そうと思います(笑)

ハンモックという懐かしい乗り物(?)に揺られて、そんなことを思いました。

外でおにぎりを食べるのが好きなボーイは、あと2日で2歳。
これからもっともっと空の下で遊ぼうね☆

イワオカフェ、マユジでした。
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by woodrock | 2014-11-23 16:21 | 暮らし | Comments(0)

シュタイナーと、ときめき

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ある日ザルに、おもちゃのネジがしてありました。
ボーイの仕業です。

子どもの発想で成されたものは、一見不自然なようで、実は自然な空気が宿っているように感じます。


子どもの体と心、魂の成長に則して、のびのびと子育てをしたいなぁと思うとき、非常に参考になる「シュタイナー教育」。

最近は、育児雑誌などでも良く目にします。

その基となる「人智学」は、哲学者であり思想家であるルドルフ=シュタイナー(1861〜1925)が提唱した思想です。

(シュタイナーについて説明したら長〜くなるので、以上で終了(笑))

そのシュタイナーについての学習会に、月に一度参加しています。

大学で教育心理学を教えていらっしゃる先生が、ご厚意で開いて下さっているその会に、3年ほど前からお邪魔しています。


ちなみに前回のテーマは
「自由の理念」
でした。

壮大です(笑)

(テキストは「“シュタイナー”『自由の哲学』入門(今井重孝 著)」)

私はその内容の中で、「そうそう、まさにこれですよ!」と感じたことがありました。


カント哲学の

「道徳的行為は‘誰からも認められる’普遍道徳や道徳模範に基づいて行うべき」

と言う、外的な規準に基づく道徳哲学に対して、
シュタイナーは

「一人一人の自由な道徳的直感や、道徳的想像力(ファンタジー)に従って行動することこそ、本来の道徳のあり方である」

と言う「論理的個体主義」を唱えた、と言う話なんですが、
その道徳的直感を支えている規準は、
「行為への愛」
「対象への愛」
だそうなんです。


…と、まあなかなか解りにくい内容なのですが(笑)



要するにこれは、


「自分のときめきに従ってオッケー☆」


と言うことを、シュタイナーも言っているのだと、私は解釈しました(笑)

(これを聞いた夫ティミーの感想→「軽っ!」(笑))


つまり、社会の常識や概念などに縛られ、周りを気にして動くより、自分の心が直感的に愛を感じる(ときめく)ような動きをした方が、スムーズに事が運ぶ。

思い返せば、思い当たることがあるように思います。


人間に備わっている「ときめき」能力は優秀で、ちゃんと従えば、その人の人生がより豊かになるようです。
(“ときめくお片づけ”で有名な整理収納の近藤麻理恵さんがおっしゃってるのも、きっと同じ事だと思います。)


ちなみに、これは私の持論なのですが、

『生き物がときめいた時に発生するエネルギーによって地球は存在できている』

と思っています(笑)

だから、自然界のものはみんな美しく、芸術的で、いつでも何かに恋をしている…のではないかと。


哲学的な話も大好物(笑)イワオカフェ、マユジでした。
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by woodrock | 2014-10-26 17:02 | 暮らし | Comments(1)

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